曲技より心技

キース・ジャレットのスイス、ケルンでの演奏を収録したLPレコードです。すべての曲が即興演奏です。驚きです。

upkoln concert

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University of Hullのジャズ部門教授、Peter Elsdon氏がケルン・コンサートにおけるキース・ジャレットの様子を観察し、次の様に描写しました:
His eyes are closed, hes head is lowered, and his chin rests on his chest. I immediately recognize the posture of someone in deep prayer. 目は閉じ、頭を下げ、あごを胸まで下ろしている。すぐに分かりました、この姿勢は深い祈りに入っている人の姿勢です。

多くのスタンダード曲をアレンジし、トリオ、ソロで弾いてきたキースにとって、即興演奏はすべての音楽テクニックから解放された、自由な空間だったのでしょう。それは、ほとんど祈りの世界だったのです。

ローザンヌでの夜のソロコンサートを終えてから、翌日の朝、車でケルンへ出発し、6時間かかってケルンに到着、充分調整のされていないピアノをいきなり弾いたそうです。にもかかわらず、歴史に残る名演奏となりました。全部で4曲演奏しましたが、最初の曲(Part1と名付けられています)が特に素晴らしいです。キーンと響く硬質なピアノの音色、まるでヨーロッパの田舎にある家、灰色の壁、石畳み、を連想させます。ケルンで名演奏をしたときのキースは30才。体力、イマジネーションともに最盛期だった、と思われます。

upstonepaved road

基礎技術がなければジャズ・ピアノは弾けませんが、技術に頼った演奏も考えものです。ピアノと言う楽器が非常に優れた楽器で、あの壮大な弦の配列の中に、音の全宇宙が存在している、と言えば大げさでしょうか?

しかし、そこに落とし穴もあります。テクニックに頼る音楽が面白くない、のです。面白い、斬新、感動、を期待していると、テクニックで流されます。例えば、名人と呼ばれるケニー・バロン、オスカー・ピーターソンなどのジャズ・ピアノ。テクニックを駆使していますが、音楽の心をどこかに忘れてきた、ように感じられます。
テクニックジャズのアメリカ版はAmerican-made technical music、
テクニックジャズの日本版は指の曲技を極めているので超華麗指先曲技団
と定義したいと思います。

オスカー・ピーターソンが弾くイパヌマの娘、この演奏を絶妙に表現した人がいます。『なんちゃって、ボサノバ』です。「なんだって弾けるよ、ボサノバもさ、この通り弾けちゃうんだ!」と言う意味です。ここにジャズの行きつく限界が見えています。本当のボサノバはブラジルのsaudade(哀愁)を表現する演奏です。現在のジャズを聞いていると、90%がテクニック、10%がイマジネーション、です。キース・ジャレットは、アメリカのジャズ・ピアニストの中では変わり者、かもしれません。テクニックも優れていますが、音楽に向かい合う姿勢が違うようです。指先の曲芸師ではなく、心技のピアニスト、と言えるでしょう。

キース・ジャレットの言葉:
でも、1つだけわかっていることがある。それは自分がいつも孤独だと感じていることさ。自分自身のままでいたいなら、払わなければならない代償なんだが。

日本のピアニスト、フジ子・ヘミングの言葉:
絶技巧に中身(人間的、愛、頭)がなければ、うつろな響きしか出ません。そんなものは機械でやった方が良いでしょう。演奏家の人格と頭脳は、必ず演奏に表れます。